4-9 Wonderful World (解釈〜ミンストレルの陰の下で)

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200211月18日脱稿

この連載エッセイがサム・クックを詳細にとりあげているあいだ、秀逸なサム・クックの伝記の翻訳が出版されました。パチパチ。環境によって歌の意味が異なるという着眼点が同書にも見られ、これを執筆するあいだ、「おお、先に書かれてしまっては、次のエッセイは同じことの繰り返し、つまり『念仏』になる」とビクビク。が、"Wonderful World"に関しては、何も解釈がなされていませんでした(ホッ)。でも歌の技巧の側面など、とてもわかりやすくて、鋭敏な解説がなされてますので、ここでその伝記を紹介しておきます。

ダニエル・ウルフ『Mr. Soul サム・クック』(ブルース・インターアクションズ)

さて今回、わたしの解釈を提示するにあたり、最初の章をお読みでない方は、是非「ヘゲモニー」という考え方を説明した章だけはざっと目を通してください(ここ、をクリック)。

さらにまた、初期のロックンロールは、人種の壁を乗り越えていたこと、そしてそれが原因で「弾圧」されたこと、これを確認しておきます。これをヘゲモニー論のことばで言えば、「弾圧」は、白人優越主義のヘゲモニーが強く揺さぶられた結果、権力による「暴力的装置が働いた」と整理されます。

サム・クックはそれを踏まえたうえで、戦略的に行動しました。表題のミンストレルとは、「黒人=劣等人種」というステレオタイプに依拠し、黒人の所作を嘲笑うコメディのことで、19世紀には白人が炭で顔を黒く塗り、「黒人」に扮していました。この演劇での「笑い」は、したがって、黒人を馬鹿にするものだったのです。そして、この演劇に出てくる黒人は必ず馬鹿のように振る舞っていたのです。クックは、(1)ゴスペルを歌っていた育ちがよくて敬虔なクリスチャン=性生活は厳格、(2)ミンストレルの黒人、この二つの相反する側面を "Wonderful World"Sam Cooke - Sam Cooke At the Copa (Live) - Medley - Try a Little Tenderness / (I Love You) For Sentimental Reasons / You Send Meで表現します。そうすることで、白人の若い女性、黒人女性双方にアピールすることにまんまと成功し、見事に「人種の壁を乗り越える=クロスオーヴァー」することに成功しました。

黒人女性へのアピールは彼の歌の巧みさ、甘いルックスを考えれば当然ですが、白人の若い女性にアピールするには権力の暴力装置が駆動するのを何としてもさけなければなりません。ここまで紹介してきたエピソードを使うと、エメット・ティルの二の舞になることはもちろんのこと、ロックンロールのパイオニアたちの轍を踏むことがあってはならないのです。

クックは言語に内在する特質、「言表の意味の決定不可能性=多様な解釈ができる」という特質を巧妙に利用します。 "Wonderful World"Sam Cooke - Sam Cooke At the Copa (Live) - Medley - Try a Little Tenderness / (I Love You) For Sentimental Reasons / You Send Meは白人、わけても白人優越主義者の男性が聴くのと、女性が聴くのとでは別の解釈ができるのです。もちろん黒人にも黒人の解釈がありますが、妙に長ったらしい論考になるのを避けるため、ここでは白人の2つの解釈について分析を試みます。

クックはこの歌詞で「馬鹿」を「演じて」います。つまりミンストレルに出てくる黒人になりきってます。では馬鹿を演じず、公民権運動の時代にふさわしい利口な黒人になった場合、つまり歌詞の否定形が肯定形になった場合、それが暗に何を意味するのかを考えてみましょう。そうすれば、どうして上記の「偉業」が達成されたのかがよく理解できます。では、以下、一文一文、解釈を施していきます。

Don't know much about history が I know much about history になると、その深意は

アメリカには暗い歴史があるんだよな。俺はゼッタイに忘れねぇぞ、奴隷制のことを。歴史には随分と詳しいんでね。

Don't know much about biology が I know much about biology になると、その深意は

黒人が劣等だという科学的根拠はないんだよ、生物学には随分と詳しいんでね、そんなこと承知さ。それなのになんだてめらの俺と俺の同胞の扱いは。

Don't know much about a science book が I know much about a science book

いまの暦を発明したのは誰だ?、ベンジャミン・バネカー、黒人奴隷だ。なのに彼のことなんかどこにも載ってねぇじゃないか。いったいこれはどうしたことだ。

Don't know much about the French I took がI know much about the French I took

世界中で黒人が同じ扱いを受けているわけじゃねぇ。パリに移り住んだジャズメンは多い。黒人作家リチャード・ライトがパリに移住したのはついこの前のことだ。なぜか。パリではアメリカ南部のような時代遅れの人種主義者なんていないんだよ。人種隔離もないし。それで俺もフランス語を習っているのさ。このまま現状がかわらなければ、パリに行こうと思ってね。あんたらアメリカ白人と一緒に住むのはとにかく楽じゃねぇ。

しかし否定文になっているので、白人優越主義者の男性に対してはこう響くのです。

Don't know much about history

「奴隷制があったとかそんな昔のこともうあまり憶えていません」→おおこのニガーは良いやつじゃねぇか。

Don't know much about biology

「生物学もあまり得意じゃありません」→いいんだよお前らはそれで、学問は白人の仕事だ。

Don't know much about a science book

「科学の本もあまり読んだことがありません」→お前、ニガーだろ、そんなに無理するなって、そりゃ最初から無理、難しいことは白人に任せな。

Don't know much about the French I took

「いまフランス語を勉強しているんだけど、ちょっとわからないんです」→こうなると笑っちまうぜ、何でニガーがフランス語やってんだよ、お前らは南部の白人の主人の指示にしたがって、イエス様に祈っていればいいんだよ。お前そういや、前にはゴスペル歌ってたな。

ですからここまでのところで白人優越主義者の男性はもうこう結論しています。

やっぱりニガーは馬鹿だぜ。そんな馬鹿が白人の女を好きになっても、見向きされるわけがねぇ。

よって

But I do know that I love you
And I know if you love me, too
What a wonderful world this would be

という決めのラインは「叶わぬ恋」となるのです。

ところがこれが女性を相手にするとなると、

Don't know much about history
Don't know much about biology
Don't know much about a science book
Don't know much about the French I took

の箇所は勉強が手につかないほど、恋に夢中になっている、という文字通りの解釈になれます。

さらにここでのポイントはクックが部分否定を使っているところ、にあります。実に微妙な表現で「馬鹿」であることを実は否定しているのです。「馬鹿」ではないし、向上心はある、だがそれには

you love me, too

となること、が必要。ここは「君が必要なんだ」という殺し文句なのです。

2番の歌詞も1番ど同様に分析することができるでしょう。こうして"Wonderful World"はクロスオーヴァーヒットになったのでした。つまり人種の壁に正面から挑みかかっては潰されるだけだから、その壁を迂回し、白人世界へ手を延ばしたのでした。そしてその手を白人女性が握ることで、人種のヘゲモニー的支配構造はここでまだ大きく揺らぐことになったのです。しかし、ここで重要なことは、「暴力装置」を握るものたちには、それがわからなかったことにあります。なぜわからなかったのか。それは白人優越主義のイデオロギーを信じきっていたからです。

 

さらにまた、クックがこの曲をリリースしたとき、彼はすでに29歳であり、子供も数人いました。つまり、彼のことを詳しく知る人間、彼に夢中になっている人間−−黒人女性−−には、高校生のロマンスを歌うこの曲が字義通りには伝わりようがありません。したがって、上に解釈を施した部分は、いわば「お前のために頑張っている、いまは結果がでていないけど」ということの比喩になるのです。そう言わなければならないのは、アメリカ社会で黒人が未だ劣悪な環境におかれていたからでした。頑張っている姿は、右の写真のように、盛装をしている姿にも見られます。彼の真剣な目をご覧ください−−ここには堅い意思がみてとれます。

繰り返しになりますが、クックは決して白人に媚びたアーティストというレッテルは貼られませんでした。この当時のレコードの販売は、ラジオでどれだけ多く放送されるかにかかっていたということを考慮すると、曲の冒頭がきわめて大事になります。上のように、そこでサム・クックはとんでもない「宣言」を行っているのです。直截的表現のプロテストではなく、クロスオーヴァーするということで社会の変革をもたらす。サム・クックはそんな人物でした。そしてその彼をアイドルにしていた世代が60年以後、大運動を開始します。次回はその前に60年代に入る時点での社会経済的背景を整理します。

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