4-2 サム・クック: デイル・クックからサム・クックへ

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2002114日脱稿
近い将来に画像は掲載予定(詳細は末尾参照)

後にジョン・レノンがカヴァーすることで有名になり、さらに80年代に映画のテーマソングとしてリヴァイヴァル・ヒットした名曲にベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」という曲があります。これは、独りきりの寂しさで耐えられないとき、愛する人に頼むからそばにいておくれ、と懇願するラヴ・ソング、とされています。しかし、この曲は、"Stand by me!, darling..."と呼びかけるかわりに、"Stand by me, my lord"と歌われることで、俗世の歌から聖なる歌にもなったものです。「お前、そばにいてくれ!」という意味は、「主よ、わたしを見守って下さい」という祈りになるのです。

以前、レイ・チャールズの"I've Got A Woman"がゴスペル・コーラスをお茶の間につれてきたという顛末についてはお話しました。もちろん黒人の聖職者たちは、彼のこの行為を批判したのですが、レコードの聴衆は違った考えをもっていました。たとえば、バイブル・ベルトと呼ばれるキリスト教への信仰の厚い地域においてでさえ、公の場でロックン・ロールやリズム・アンド・ブルーズを批判しつつも、自宅に帰る、つまりプライヴェートな世界に入ると、この聖と俗との融合がなされた曲は広範な人びとに愛されていたのです。このブラック・カルチャーにおける聖・俗の境界について、文化史家のローレンス・レヴィーンは、ゴスペルが南北戦争後の白人文化との接触によって誕生したハイブリッドな音楽であると正確に指摘し、さらに以下のように述べています。

ゴスペル音楽のメッセージは黒人奴隷独特の聖なる世界の解体と近代以後のキリスト宗教の感性との出会いを示すとしても、その形態、さらには演奏技法は、アフロ・アメリカンの伝統的宗教とつねにルー ツを同じくするものであり、そのルーツは20世紀のブラック・コミュニティが生みだした俗世の音楽とも同じものである。ここで聖と俗が共存しているという逆説的情況は誰がみても明かであるのだが、この逆説こそブラック・アメリカがどのようにして他者の文化との接触したのかを物語っているのである。何ものかに一方的に忠誠を誓ったり、一方方向的にある文化に吸収されていく、そのような形で文化接触はなされたものではない。強調点を微妙に変えつつ、それでいてこれまた微妙に自己のアイデンティティとライフ・スタイルを賞揚すること、これらが複雑な文化接触の過程のなかで繰り広げられていたのだ。…中略…つまり、それは、創造し創造される双方向的性質のものだったのである。

 

かのブルーズ・ギタリストの巨人、ロバート・ジョンソンの名演、 「クロスロード」Robert Johnson - Blues Legends, Vol. 3 - Crossroad Bluesで歌われた交差点はクックが生まれたクラークデールにあります。ここでレヴィーンの指摘を借りて言うならば、「創造し創造される双方向的」潮流の 合流点に、サム・クックは立ったのでした。

そこで、ゴスペル界では既に確乎たる地位を気づいていたクックは、まずデイル・クックという名前で俗世の歌、つまりリズム・アンド・ブルーズを録音します。しかも遠く離れたカリフォルニアのレーベル、スペシャルティから、デイル・クックという名で"Lovable"というラブソングを発表します(Cookという本名がCookeに変わったのはこのときです)。ゴスペル界のサム・クックの名声を借りることなく、さらにはまた弱小レーベルの宣伝力不足にもかかわらず、この曲は西海岸だけで2万部以上売れるちょっとしたヒットになりました。ここに黒人エンターテイメントの世界で長く暮らしていたJ・W・アレグザンダーという人物がサム・クックに目をつけます。そして次のような提言をしました。

たしかこう言ったことがあるんだ。「サム、いいかよく聞け、チャンスをみすみす台無しにしちゃいけない。ときには危険だとわかっていても、そのチャンスにしがみつくときがあるもんだ。いいじゃないか、サム・クックで。その名前を使えよ、それはお前の名前なんだから」。それから、オレは確か、白人の少女には自分たちに似たアイドルがいるのに、黒人にはそのような者はいない、とか言ったと思う。それで、ソウル・スターラーズへ復帰できなくなろうたって、今こそ、サム・クックでいくべきだ、と強く迫ったんだ。

ここには人種の表象の問題が見えてきています。〈政治的なるもの〉が浮上したきたモメントです。黒人少女にとってスターとなる、それこそ黒人たちが求めているものだ、こう決心したとき、デイル・クックはサム・クックの名でレコードを出す決心をしました。その曲のタイトルは You Send MeSam Cooke - Sam Cooke At the Copa (Live) - Medley - Try a Little Tenderness / (I Love You) For Sentimental Reasons / You Send Me。ここに見られるのは、前に引用したレヴィーンの語る:

逆説こそブラック・アメリカがどのようにして他者の文化との接触したのかを物語っているのである。何ものかに一方的に忠誠を誓ったり、一方方向的にある文化に吸収されていく、そのような形で文化接触はなされたものではない。強調点を微妙に変えつつ、それでいてこれま微妙に自己のアイデンティティとライフ・スタイルを賞揚すること、これらが複雑な文化接触の過程のなかで繰り広げられていた…。

次回は、様々な"You Send Me"を聴くことにします。

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