6.大統領選挙で何が起きたのか?!

2001年1月15日
藤永康政

みなさんも2000年の大統領選挙での大騒ぎのことはご存じだろう。あの騒ぎが起きている最中、なんとアメリカはユーゴスラヴィアに「選挙監視団」を送っていたから大変である。これは一見笑える事態だが、実のところ笑える話ではない。なぜならそこに賭されているのは人権だからだ。

この騒動は、結局、事実上大統領選挙当選者を連邦最高裁が選ぶというとんでもないことになった。ここで法理論・憲法理論をこね回す必要はない。はっきりしていることは一つ。アメリカの主権は人民にあるのではなく、連邦最高裁にある、ということだ。民主主義とは何も難しいものではない。フェアな手続き、これこそが根幹であり、すべてはこれを基礎に判断されねばならない。ならば、投じられた票が、機械が古くて数えられない、そのうえなお2度目のカウントは行ってはならない、これがフェアな手続きを踏んでいると言えるのか。ユーゴスラヴィアに「監視団」なるものを送る余裕があるのならば、フロリダに「監視団」を送るべきだ。ミロシェビッチの首を狙って爆弾を落とし、その結果、セルビア人の虐殺に は何の関係もない市民を巻き添えにするというまずい軍事作戦をとるくらいならば、フェアな手続きを保証しようとしないフロリダ州知事、ジェブ・ブッシュの首をはねろ。(ちなみに、はっきりしておく、ジェブ・ブッシュは、今回の選挙の「勝者」、ジョージ・ブッシュ・ジュニアの弟である)。

連邦最高裁はこれまでもとんでもない判決を何度も出してきた。その多くが、そう、〈人種〉が関係した問題である。その過去のアホな判決に興味のある人は、ここ、をクリックしてもらいたい。ここでは今回の判決がどれだけアホなのかを簡単に纏める。

フロリダ州では、投票したい人に対しパンチ穴を開ける投票用紙を用いている場所があった。ところがその投票用紙は機械がうまく読みとれなかった。それで手作業による再集計が必要になり、フロリダ州は一時期必死になって開票作業を続けていた。ところがそれでは、何と、票を2回数えることになり、1度しか数えられないひとに対してフェアではない、というのだ。これを詭弁といわずして何と言おう。しかもパンチ穴方式の投票は、連邦政府が1988年の時点で使用を控えるように勧告していたのである。

ところが最高裁はこの詭弁を認めた。これを一般社会で適応しよう。するとこうなる。スーパーのスキャナーがバーコードをうまく読めず、2回レジの担当者がスキャンした。これは不公平だ、というのだ。よし、ならばこの論理を徹底していこう。連邦最高裁は観光客の見学ができる。今後、ワシントンD・Cに旅行に行き、最高裁の土産屋でスキャナーがうまく働かなかったときには、土産物の代金を払う必要はない。2度スキャンすれば不公平だ、と暴れればいい。

さて、先ほど、最高裁は〈人種〉に関係してとんでも詭弁をこれまでも使ってきたと述べた。今回のケースも、日本ではあまり報道されていないが、根幹には〈人種〉がある。今回の再開票でいちばんの問題となったのがマイアミ・デイド郡。ここで「無効票」になった票はなんと6千票にのぼる。そして、その9割が黒人票。フロリダ州全体で黒人票は、およそ9対1の割合でゴアを支持している。ここから簡単に類推計算すれば、結局大統領を決定した票差400票は簡単にひっくり返る。

実は、フロリダ州は1966年投票権法によって、連邦政府による選挙監督が行われる州に入っていた。この投票権法は、3人の死亡者を出して勝ち取った公民権運動の最大の勝利のひとつである。ところが、その法律は今回機能しなかった。黒人票の保護は未だに南部フロリダ州では行われていない。

これは当然公民権運動に従事していた人びとを怒らせた。公民権運動が勝ち取った最後の砦さえ落ちたのだ。公民権運動の中でももっとも多くの犠牲を払った団体、学生非暴力調整委員会(SNCC)のメンバーだったものたちが、すでにSNCCとして公式声明を発表している。そこで以下にSNCCの声明の翻訳を掲載する。皮肉なことだが、このウェブサイトを立ち上げSNCCの声明を翻訳するのはこれで2度目だ。これ自体がいかにアメリカの人種関係が危機的状況にあるのかを物語っている。(英語原典をみたい方は、ここ、をクリック)。

学生非暴力調整委員会(SNCC)

緊急報告

2000年12月3日
代表:メンディ・サムステイン msamstein@aol.com

元公民権運動活動家たちの代表として連邦政府による投票権侵害に関する調査を求める

2000年の大統領選挙で数千人に上る黒人が投票権を侵害された。1960年代に学生非暴力調整委員会の活動家として南部で運動をともにしたものたち10数名は、この度の投票権侵害に関する連邦政府の調査を要求する。

かつて、黒人市民が有権者登録を行って投票をするのを助け、そうすることで殴られ、ときには逮捕されたこともある活動家たちみなの意見として以下の声明を発表する。「われわれはかつての闘争で命を失った同僚や友人のことをいまだに忘れはしていない。ここで問題になっていることは、まさにわれわれが60年代に闘ってきた原則なのである。すなわちすべての市民の投票権の保証と、投票された票が公平に数えられることである」。

同声明に署名したもののなかには、長くSNCCの活動家として活躍し、現在はNAACPの議長を務めているジュリアン・ボンドも含まれている。

われわれには、今回票を投じることが許されなかったもののなかには、人口比に不釣り合いなかたちで、黒人が多かったという動かざる証拠を握っている。彼ら彼女らは、投票所にいくと名簿に名前が記載されていないと言われ、投票箱の前の列に並んでいるときに時間がきたからといって投票を打ち切られたり、さまざまな理由で投票を妨害された。そして、彼ら彼女らが投じた票が数えられないようにするため、その投票区には古くなって役に立たない投票施設が設置されていた。1960年代に脅迫や嫌がらせを直接受けた経験のある我々活動家多くを唖然とさせたのは、1960年代に行われていたことが今回も行われたということである。タラハシの黒人居住区から投票所に向かう道に非常線が張られ、通行禁止になっていたのだ。

われわれは、したがって結論として、連邦政府による事実調査を要求するとともに、今後2度と黒人の投票権侵害がなされることがないように国民の良心に訴えかける。

このSNCCの声明は、12月2日に開催された南部人権会議Southern Human Rights Conferenceの総会、ならびに南部地域会議Southern Regional Conferenceやアメリカ・フレンド奉仕委員会American Friends Service Committeeからも支持を受けている。

ミシシッピ州マッコームやジャクソンで活動していた経験をもつメンディ・サムステインは、次のような声明を発表している。「フロリダ州ですでに司法省が調査に入っていることを知り安心した。しかし、われわれは、投票妨害に事実に関して、連邦司法省が大規模な調査を開始することを望んでいる。われわれは、かつて1960年代、深南部の活動を勇猛果敢に調査報道したジャーナリストたちの姿を忘れてはない。だから、政府の調査はもとより、同件にかんしては国中のマスコミが調査を行うことを期待する」。

1月9日、連邦公民権委員会はタラハシで最初の公聴会を開催した。しかし、その後の展開を見守るにつけ、わたしはサムステイン氏ほど楽観的になれない。なぜなら、次期大統領ブッシュは、司法長官にアッシュクロフトという名の人物を指名する予定である、と報道されているからである。公民権委員会は独立の組織ではあるが、官僚機構上連表司法省の下部機関といってもよい。なぜなら、委員会が人権侵害を確認したとしても委員会自体に訴訟を起こす権能はなく、それは司法省のみができるからである。そしてそのアッシュクロフトは、一攫千金を求めてプランテーション経営に乗り出すことから始まった合州国南部の歴史をまったく無視し、「アメリカは宗教心の厚いひとびとが築いた国であり、そのひとたちにとってイエス以外の神はいなかった」と述べているような人物だからである。G8のどこかの国の首都の知事と同様の歴史認識しか持っていない、と言ったら過言であろうか。さらに、連邦公民委員会には、黒人の投票権を蹂躙することで当選を果たしたという事実をつかんだとしても、大統領を弾劾する権限はない。

そもそもあれだけ「みっともない」と言われながらも法廷闘争を続けたゴア候補自身、ほんとうに大統領になるという強い意志があったのか、わたしには疑わしく思える。なぜなら、彼はフロリダでの投票妨害が明らかになった際に、行くところをそもそも間違えたからだ。どちらにせよ80年代にレーガン=ブッシュ政権が任命した保守派判事が多数派を構成する連邦最高裁に上告したところで、彼の敗北は目に見えていた。一方、ジェシー・ジャクソンやジュリアン・ボンドなどの黒人庶民に影響力を持つ人間は、開票直後すぐにマイアミ=デイド郡に向かい、現地でデモ行進を行った。そこにゴアは加わるべきだったのではないか。かつてマーティン・ルーサー・キングがアラバマ州セルマで行ったように、そうすることで、アメリカ中を、否世界中を騒然とさせ、「正当なる手続き」を守るべくプレッシャーをかけるべきだったのではないか。まずなによりも投票権を侵害された人びとの傍に行き、彼ら彼女らと力を合わせるときではなかったのか。聡明な彼にこの〈戦術〉が思いつかなかったとは考えがたい。その〈意志〉がなかっただけである。そうすると、ひょっとすれば民主党が崩壊するかもしれないから。

つまり現行の二大政党の枠組みのなかで黒人が頼れるところはない。もはや民主党が頼りにならないことは明らかだ。こう思うとき、フロリダでの一報が出るや否や、開票過程における連邦基準の規定を求める声明を発表したバーニー・サンダース上院議員の姿が頼もしく浮かんでくる。彼が民主共和のどちらにも属していないことは、何をかを示す。そう、ジェシー、もう民主党にいる事態ではない!。

さらにわたしにとって不安なのは、時も2000年にあり、未だに最初に大きな声をあげる人びとが60年代の活動家であるということである。SNCC、この名前は大学学部2年生のころからわたしのこころを捉えて離さない団体の名前である。その〈声〉を〈今〉聞くことは、嬉しくもあり、悲しくもある。公民権運動の突撃隊と呼ばれた彼ら彼女らがいままた立ち上がらなければならなかったこと、これは過去40年間、ブラック・コミュニティでは運動を担う世代が育たなかったことを意味する。ヒップ・ホップ・ジェネレーションの行動はこれからなのだ。

なお、この件に関しては、とくに連邦公民権委員会の調査の進展について、このウェブサイトで引き続きレポートを続ける。

[注]「かつてマーティン・ルーサー・キングが…」。1966年、マーティン・ルーサー・キング率いる南部キリスト教指導者会議の総力を結集したアラバマ州セルマでの運動によって、60年代公民権立法のメルクマールのひとつ投票権法が制定された。この運動のとき、キングは運動を停止せよという裁判所命令に逆らって運動を実施した。この運動では3人の人命が失われている。[本文に戻る]

検索サイトから直接このページだけに飛び込まれた方は、ここをクリックしてください