1857年 ドレッド・スコット判決

連邦最高裁は 黒人奴隷とその子孫は、所有者の財産であり合州国市民ではなく、劣等人種である故に白人と同等の権利を持つことはできない、という判断を下した。なおこの時点で、北部のある州では黒人は市民権を持っていた。つまり奴隷制南部の基準が合州国の基準であると判断したものであり、その後の南北戦争につながるひとつの契機となった。

1896年 プレッシー判決

ニューオリンズのストリートカーで人種別に車両が分け隔てられたことが、法のもとの平等を定めた合州国憲法に抵触するとの原告の意見に対し、なんと「分離すれども平等」とう判決を裁判所は下した。これが結局のちの人種隔離政策(アメリカ版のアパルトヘイト)の法的根拠となり、「分離されて不平等」な設備が南部生活の一部になってしまった。なお、原告のホーマー・プレッシーは〈オクトローン〉(血の8分の1が黒人)であり、肌の色は白かった。隔離施設を設けることは、すくなくとも車両を二つ必要とすることであり、これはとうぜん会社側のコストとなる。事実、このときの原告団にはストリートカーの会社も含まれていたのである。

憲法修正14条に関する司法判断

憲法修正14条は、政府が「正当なる手続きなし」に合州国市民の人権を蹂躙してはならないとしたもの。これは南北戦争と奴隷解放の結果、解放民の人権を保護するために制定された。しかしこの条項は、人種関係の係争に使われるよりも、たとえば公害規制だとか、労働保護立法だとか、環境保護立法だとかが法人=会社・企業の権利を「正当なる手続き」なしに蹂躙したとして適応されたケースの方がはるかに多い。現在、巨大企業マイクロソフトは独禁法違反の廉で分割される危機にあるが、マイクロソフトが自己弁護のための法的根拠としているのは、かかる経緯をもった憲法修正14条である。

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