書評

2000820
評者:藤永康政


Gerri Hirshey, Nowhere to Run: The Story of Motown Music (New York: Da Capo Press, 1994)

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白人による黒人音楽パフォーマーのインタービュー集である同書はきわめて興味深い論点を提示してくれている。60年代のR&B、ソウルを扱った同様の著書とはまったく異なった「トーン」が、この本にはある。それは、1960年代というきわめて感情的思い入れが強い時期に興隆したソウルを語るにあたって、ハーシーはなにひとつ同時代的論考をしていないという点である。

評者は、スザンヌ・スミスの著書の評する際に、ネルソン・ジョージの二大作は「単なるノスタルジアに過ぎない」という批評がなされているという事実に関して言及しておいた。今日の都市ゲトーは、60年代のそれとは異なり、上・中流階級が心地よい住宅環境を求め郊外へ「脱出」したあとのものである。したがって、かつてのゲトーには生き生きとした〈文化〉が存在していたのに対し、今日のゲトーにはその〈文化〉の担い手になれる資力・能力が(一部のヒップ・ホップ・アーティストを除くと)存在しない。そのような現状をふまえた上でかつての〈黒人コミュニティ〉、ならびにこのコミュニティが生んだ文化を論じると、どうしても「古き良き日々」を語ってしまうトーンになりがちである。

この本は60年代に立ち返らないことによってノスタルジアに陥ることを巧妙に避けている。著者の視点は必ず1994年という時点におかれ、過去を振り返るのはアーティスト当人である。そしてアーティストたちの言葉の底辺に流れるのは「時代は変わった」というものであり、彼ら彼女らは過去の人種隔離の存在した時代をノスタルジックに振り返ることなく、黒人音楽がアメリカ文化の主流となった現在を楽しく生きている。マーサ・リーヴスはモータウンの南部ツアーの際に、白人優越主義者からバスが銃撃された事件を語っているが[1]そこにもどこかしら人種主義を嘲笑う余裕がある。白人優越主義者がわがもの顔で南部を闊歩した時代は、確実に過ぎ去ったのだ。

スモーキー・ロビンソンなどの超大物からアーマ・トーマスのような今はローカル(彼女の場合はニューオリンズ)な場で活躍する人びとまでのインタビューからなる同書は、何よりも読んでいて楽しい。そこに実は同書の「議論」が潜められていた。60年代のアーティストたちの現在の声、その声は生き生きしている、それを書き連ねた最後に彼が主張するのは「ソウルやR&Bに対し早すぎる死亡宣告をするのは間違っている」ということだ[2]これは、『リズム・アンド・ブルースの死』という著書を著したネルソン・ジョージの議論を論駁しようとするものにほかならない[3]

また、ジョージの著作は、「ノスタルジアの無意味性」だけから批判されているわけではない。彼の語る『リズム・アンド・ブルースの死』が、たとえばモータウンのハリウッド移転のような、「黒人コミュニティの崩壊」と結びつけられるとき、〈リズム・アンド・ブルース〉なるものを〈本当に理解できる〉ものは〈コミュニティ〉の住人たちであり、〈黒人〉である、というエッセンシャリズムが密かに表明されているのである[4]

黒人のネルソン・ジョージがかかる論点に立つとき、非黒人による批評はオーセンティシティを欠くがゆえに権威(オーソリティ)も欠くのだろうか。ゲリ・ハーシーは白人である。彼の結論は、〈黒人文化のエッセンスを奪った白人〉による単なるリズム・アンド・ブルース礼賛の域を出ないのだろうか?。

〈文化〉を〈所有〉するのは誰だろうか?。同書は大胆にネルソン・ジョージを論駁することを通じ、この難問を投げかけてきている。そこで同書は最後に読者をニューオリンズ・ジャズ・フェスティヴァルへ案内する。このフェスティヴァル、演奏者の大半はアフリカン・アメリカンかアフリカン・カリビアン、つまり〈黒人〉である。ところがオーディエンスの圧倒的多数が〈白人〉だ。ならば、そこで演奏されるブルーズはもはやブルーズではないのだろうか?彼が人種的視点から解釈すると、クロスオーヴァーを狙うことで当時の〈黒人なるもの〉とは異なるものに変容していったモータウンに多くの章(第2部のほとんど)を割いているのは、おそらくこの〈文化所有の政治学〉へ読者の関心を集めたいがゆえであろう。白人と黒人とが作り出したスタックスのサウンドの方が、黒人だけが作ったモータウンのサウンドより〈黒く〉響く。このパラドクスは何か?

[1]Hirshey, Nowhere to Run, p.151. [本文に戻る]

[2]Hirshey, Nowhere to Run, p.362. [本文に戻る]

[3]ネルソン・ジョージ『リズム・アンド・ブルースの死』(早川書房):Nelson George, The Death of Rhythm & Blues (1988). [本文に戻る]

[4]Paul Gilroy, The Black Atlantic: Modernity and Double Consciousness (Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1993) [本文に戻る]

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