この民主・共和2大政党候補に対するこのようなトレンドは大体予測できたが、ここで気になるのは、黒人でも増えている「無党派層」。(2002年にJoint Center for Political and Economis Studiesが行った調査では、24%に達し、その率は年齢が若ければ若いほど高まる)。
民主党候補のケリー人気は、「ブッシュ以外なら誰でも良い」、アメリカではABB(Anything but Bush)と略して称されるようになった世論の後押しを受けている面が決して小さくない。雇用創出や税制の面では、均衡財政を主張し、海外で生産活動を行っている企業に対する税率を上げ、そうすることによって労働者へ所得の「再配分」を行おうと主張している面において、ケリーはブッシュと大きく違っている(ブッシュは高額所得者の税控除を増額する措置を実際にとった)。
民主党大統領候補ジョン・ケリーは、黒人のCongressional Black Caucusの集会に招待され、2000年大統領選挙と同じく、来る選挙でも重要な州のいくつかで黒人の投票権が共和党によって不当に剥奪される可能性があると示唆。他方、共和党のブッシュも同集会に招待されていたのだが参加を拒否、ケリーの発言に対しブッシュの選挙参謀は「9・11テロ記念会合への出席のため多忙」を理由にコメントを避けた。
1960年代、キングの「右腕」として活躍したアンドリュー・ヤングが、『アトランタ・ジャーナル・コンスティチューション』に投稿した記事で、今回の選挙におけるヒップ・ホップ・アーティストの活動を大々的に評価。わけても、ラッセル・シモンズのHip Hop Team Vote Initiativeと、前にこのブログで伝えた、P Diddy CombsのCitizen Charge Campaign。
この10月15日は、ネイション・オヴ・イスラームのリーダー、ルイス・ファラカンが呼びかけで実施され、予測を上回る人びとを動員したMillion Man Marchの10周年になる。参加者を黒人男性に限定したことで、セクシズムとの批判を受けた運動ではあったが、今日から振り返ってみると、アフリカン・アメリカンのアクティヴィズムが見られた直近で最大のイベントになっている。
その10周年にあたり、the Millions More Movementが結成され、以前のMarchには批判的だったアンジェラ・デイヴィスらが幹部を務めるBlack Radical Congressでさえも運動への参加を訴えている(もちろん、それには、セクシズムを乗り越えたという事実があってのことではあるが)。
Reverend Run, Sean Diddy Combs , Damon Dash, Jermaine Dupri, Kanye West , Ludacris, LL Cool J, Queen Latifah, Common, Wyclef Jean, Missy Elliott , Foxy Brown, David Banner, Snoop Dogg, Ice T , Jim Jones, Juelz Santana and Jha Jha of the Diplomats, Master P, Juvenile, Erykah Badu, Questlove of The Roots, MC Lyte, Fab Five Freddy, Biz Markie, Kid Capri, Cassidy, The Wu Tang Clan , Xzibit, Tony Austin, Humpty Hump, the Ruff Ryders, dead prez, Russel Simmons.
2Pacとビギーが好きな人はご存じだろうが、前のMillion Man Marchのときは、まだウェストコーストとイーストコーストの「ラップ戦争」が起きる以前であり、彼ら二人をフューチャリングしているテイクが録られた。これは、ヒップ・ホップが好きな人間にとって、"We Are the World'でのマイケル・ジャクソンとスプリングスティーンの共演を凌ぐ価値をもつものである。
ニューオーリンズの老舗の新聞 New Orleans Times Picayune が伝えたところによると、ニューオーリンズの公安を維持している「当局」ーー誰の命令で動いているのかは定かでないーーは、自分の家に帰ろうとする住民を追い返したという。あれだけ市民団体が警告し、監視しているのにもかかわらず、追い返されたのはアフリカン・アメリカン。
悪名ばかり高くなっている50 Centは、最近こう述べた。Any publicty is good publicity。公民権運動が成功した理由のひとつは、メディアを大々的に動員できたからである。それを巧く回避されては、「何が起きているのか」は伝わらない。(最近、日本の報道で、「カタリーナその後」を伝えているところがあるだろうか?)。
『ニューヨーク・タイムス』は、キングの墓、研究施設、ミュージアムの複合施設、Marthin Luther King Center for Nonviolent Social Change(写真は、その施設にある公園、墓を中心にした池のまわりを黒人の子供たちが闊歩する姿)を売却しようとする動き、ならびにその動きに対して、キングの子孫のあいだでの対立が激化していることを伝えている。
I just never understood
How a man who died for good
Could not have a day that would
Be set aside for his recognition
Because it should never be
Just because some cannot see
The dream as clear as he
that they should make it become an illusion
And we all know everything
That he stood for time will bring
For in peace our hearts will sing
Thanks to Martin Luther King
Happy birthday to you
Happy birthday to you
Happy birthday
Happy birthday to you
Happy birthday to you
Happy birthday
(From Stevie Wonder, "Happy Birthday")
来週早々には、チカノ系のロサンゼルス市長が、事態の収拾のため、いくつかの刑務所の視察に実際に赴くことになった。現職市長、Antonio R. Villaraigosaは、チカノ、つまりラティーノであるが、彼の当選にあたってはアフリカン・アメリカンが支持に回ったことが大きく寄与している。つまり、対立を深めるラティーノとアフリカン・アメリカンのあいだに架かった数少ない橋となれる政治家のひとりなのだ。
奇妙なことに、その論争の発端は、白人のトークショー・ホスト、ドン・アイムズが放った、おぞましい発言にある。アイムスは、多くが黒人女性のプレイヤーからなるルトガース大学のバスケットボールチームを形容し、「ちりちりの毛をした売女の軍団」"kinky-haired bunch of ho"と語った。これがネットワークテレビに流れてしまい、公民権運動家・黒人政治家の猛烈な抗議のなか、数々のネットワークテレビが彼との契約を破棄することになった。
Truth Commissionとは、「部族間」で夥しい「政治的暴力」が起きた南アフリカにおいて、ネルソン・マンデラが設立した委員会のことである。この委員会は、アパルトヘイト時代の憎しみを乗り越えることを目的に、真実を語ったものには恩赦を与え、犠牲者と加害者との対話を促し、ポスト・アパルトヘイトの時代の南アの建設を目指したものである。
Ghost of Mississippiの最後のシーン、裁判映画ではよくあることだが、"guilty"という判決がくだったとき、検察官とウーピー・ゴールドバーグ扮する殺害された公民権指導者夫人、裁判所に詰めかけたギャラリーは抱き合って喜んだ。私は、シカゴ・サウスサイドでその映画を観たのだが、オーディエンスのなかからは「笑い声」が聞こえた。その笑い声は、「有罪」と「真実」との懸隔を示すように思える。
このそしてアメリカがそもそも依拠する崇高な理念、独立宣言に発する「アメリカン・ドリーム」を訴えるその雄弁さは、「マーティン・ルーサー・キングの再来」と呼ばれたほどである。彼が演壇に上がるときに流れている音楽は、1967年にカーティス・メイフィールドが歌った"Keep on Pushing"である。この曲は、当時の文脈のなかでは、ブラック・ナショナリズムを鼓舞するものだと言われた。今やそれが民主党大会の基調演説者のテーマに使われる時代になったのである。ここには時代の懸隔と、その懸隔にかかる橋が、象徴的に表れている。
こちらに来て、アーロン・ネヴィルが60年代に歌った"Tell Like It Is"はプロテストソングだということを知った。作詞作曲は別人だが(Lee Diamond, George Davis)彼が歌ったときに、この曲は1960年代の「時代精神」を映し出すものになったのだ。その歌詞はこうなっている。
Tell It Like It Is
If you want something to play with
Go and find yourself a toy
Baby my time is too expensive
And I`m not a little boy
If you are serious
Don`t play with my heart
It makes me furious
But if you want me to love you
Then a baby I will, girl you know that I will
Tell it like it is
Don`t be ashamed to let your conscience be your guide
But I know deep down inside me
I believe you love me, forget your foolish pride
Life is too short to have sorrow
You may be here today and gone tomorrow
You might as well get what you want
So go on and live, baby go on and live
Tell it like it is
I`m nothing to play with
Go and find yourself a toy
But I... Tell it like it is
My time is too expensive and I`m not your little boy
これは単なるラブソングだ。ところが、"you"をアメリカ白人に置き換えると、「自由だ自由だということばをもて遊ぶ play with」ことに対する抗議となる。
第一回ディベートまであと30分。会場は、公民権運動の激戦地のひとつミシシッピ大学だ。なかには"Tell like it is!"と声をかけたくなっているものもいると思う。ちなみに、デトロイト・ニュース紙によると、ミシガン州の最新の世論調査ではついにオバマのリードが10%まで拡がった。これまで奇人変人のマケインは何度も「ギャンブル」をしかけてきたが、今回の選挙戦中止ギャンブルには誰もひかからなかったようだ。
1.経済問題の比重が大きい
今回の討論会は外交問題がテーマだった。それにもかかわらずはじまってから直後、全体の3分の1まで経済問題、山積する外交問題を背景に現下の経済危機にどう対処するのか、という問題に議論は終始した。オバマが「すべての政府規制は悪であるという考えが悪政の根源です」と言い放ったときには、思わずTell Like It Isと言いたくなった。なぜならばこれは日本の政治にも言えるからだ。レーガン=サーチャー=中曽根から始まる世界規模の問題である。20年もかけてたまった「ツケ」は大きい。ほら、あなたの「田舎」からも「鉄道」が消えていて、「親」が、これまでは新幹線の駅や空港までは出迎えに来てくれたものの、今後はそうもいかない、と感じている、ほらあなた、それが国鉄民営化のツケだ。
2.もうひとつのサブテクストーー世代
民主党予備選のときから、今回の選挙は、ジェンダーと人種がテクストとなりながら、それが正面から取り上げられないまま進んでいるということの奇異さについては、これまでもわたしはいろいろな場で述べてきた。今回、ジェンダー、人種とは別の問題がサブテクストにもぐりこんできた。それは世代の問題である。マケインの言い分は、咀嚼して言うとこういう事だ。「わたしは知っています、そこにも実際に行ったし、ここにも行ったその経験から言っているのですが…」。結論、「わたしの言うことを聞いていなさい、若いオバマさんは何もわかっちゃいないのです」(英語で言うと、I know that 現在完了経験)。Mr. Obama doesn't really knowということばを、パターナリスティックに何度繰り返したことか。道理で人口11万、その3万3千人が学生・大学職員という街ではマケイン支持者にあえないわけだ。このマケインというおじいさんには尾崎豊でも聴かせてみたい。
それにしても、やはりこの選挙が歴史の一幕であることはまちがいない。共和党大統領候補に「黒人」が挑む、本選挙で挑む、その「絵面」は壮観だった。また、「黒人大統領候補」が、"Thank you, University of Mississippi, Ole Miss”と述べる模様を観るのは隔世の感すらする。なお、CNNの調べで、「支持するか否かにかかわらず、この討論会を終えてオバマが勝利する」という意見にYesと答えたものは、63%に終わった。
アメリカの報道機関は、このような地図を描くにあたり、民主党が獲得した州を青色、共和党が獲得した州を赤色で塗る。いわゆる「Blue State と Red State の対立」という構図は、このような事情を反映して言われるようになったことである。
そしてここで強調したいのだが、黒人を初めとするマイノリティの権利に敏感(それを遺憾に思う人間は「マイノリティに対して甘い」と言うだろう)だった民主党は、南部の州を「失った」のである。「失った」と言うのは、1968年まで、つまり公民権運動がいちおうの「終結」を迎える年まで、南部は民主党の「牙城」(英語では Solid South と言う)だったからだ(このような事態の転変についての詳細は右の本が詳しい)
第2回の討論会が終わって以後、共和党は新たなオバマ攻撃材料を選挙戦に持ち込んできた。バカらしいことではあるが、それはオバマの名前。彼の名前をミドルネームまで正確に綴ると、それはバラク・フセイン・オバマになる。共和党幹部は、このフセインというところを殊更強調する選挙演説を行ったり、サラ・ペイリンに至っては「テロリストとねんごろになっている」"pal around a terrorist"(これはオバマの支持者のなかに、60年代の連続爆弾犯の過激派がいるのを揶揄したもの)とまで述べてきた。下にあるクワミ・キルパトリックとの関係をやり玉にあげる公告と良い、遠回りのメッセージとして、「こいつはまっとうなアメリカ人なら信頼するはずがない「人種」に属している」と言い続けてきたのである。
この体制は、白人労働者階級(日本ではより穏便に響く「勤労者世帯」という言葉がなぜか好まれる)とマイノリティが利害の一致を見ている限り維持されるものだった。ところが、1980年、ケインズ主義的な経済政策、いわゆる「大きな政府」を解体することを中核としたロナルド・レーガンが提唱した政策が白人労働者階級に訴求したのである。実際のところ、英語ではただ working class と言うことの方が多いが、通例、ただ単に working class と呼んだ場合、そこに黒人は入らない。これは、正確には「黒人と利害が対立する階級の白人」を意味する「コード化された言葉」coded word のひとつである。そして日本人に向けられた敵意は、もちろん、黒人にも向けられたのだ。
ちなみに彼は一貫して民主党支持であり、2004年にもジョン・ケリーの選挙応援を行った。きわめて「アメリカ的」に思える彼は、しかし、偏狭な「愛国心」のシンボルとして利用されることがある。それを最初に行ったのは、Born in the U.S.A.が大ヒットしていた1980年のロナルド・レーガンである。レーガンの政治利用を聞いた彼は、その後に行ったコンサート会場で、自分の立場を明確にするため、1970年代の鉄鋼不況を綴った名曲、"The River"を、アメリカ労働総同盟・産別会議会長に捧げると語って歌った。
こちらに来てから知り合いになった黒人の政治学者の方がこんなことを述べていた。その学者は、オバマの自伝の書評を頼まれて初めて、彼の著作 Dreams from My Father を買おうとした。ところが、書店が言うには、置くとすぐに売り切れになるので在庫がなく、一週間待たなくてはならないと説明を受けた。そこでこう思ったらしい。「この街で、この圧倒的多数が白人の街で何かが起きている」。
ナンバー4。共和党が選挙戦の武器にする「大きな政府」「テロ」の二つは人種を暗示する「コード化された言葉」である。前者は福祉に依存する都市の黒人やラティーノ、後者は中東出身者。後者の人種化は実に都合が良い。オクラホマ連邦ビルを爆破したのが「アメリカ第一」(今回の共和党のスローガンは Our Country First)を唱える武装民兵だったことはすっかり忘れているのだから。
The road ahead will be long. Our climb will be steep. We may not get there in one year or even in one term, but America,
このとき、わたしには、マーティン・ルーサー・キング博士が暗殺される前日に行った演説が思い浮かんだ。
キング博士はこう言っている。
Like anybody, I would like to live a long life. Longevity has its place. But I'm not concerned about that now. I just want to do God's will. And He's allowed me to go up to the mountain. And I've looked over. And I've seen the Promised Land. I may not get there with you. But I want you to know tonight, that we, as a people, will get to the promised land!
I have never been more hopeful than I am tonight that we will get there. I promise you: We as a people will get there.
ここでテレビに映し出されたジェシー・ジャクソン、彼の頬には涙が伝っていた。オバマは、キングの言葉、いやむしろ正確にはこう言うべきだろう、アメリカの人びとにキングが残した遺言をはっきりと引き受けたのだ。may not を will と肯定型に置き換えて。「「約束の地」に辿りついて見せる」と言い切ったのだ。
このことばが響いたのは何も「黒人」だけではない。そうわかっていたからこそ、オバマは、指示代名詞 there を用いたのだ。「そこ」と言っても、それはみなにわかったのだ。
グラント公園を埋め尽くした20万人が Yes We Can と初めて大きな声で連呼し始めたのは、この決定的フレーズのあとである。
この演説の後半部は、2004年の民主党大会の基調演説を彼が行ってきた主張をそのまま繰り返したものである。アメリカを〈人種〉や政治思想によって分断された国家であるとみなす考え方は、1990年代半ばより広く共有されてきた。ここでオバマは、そのときに広く読まれた著書、アーサー・シュレジンガー・ジュニアのThe Disuniting America をはっきりと意識しつつ、シュレジンガーらの主張を否定し、その勢いを一気にアメリカ愛国主義につなげている(しかしながら、「ケネディ神話」を作り出した人物のひとりであり、それゆえケネディをこよなく愛するこの老歴史家は、オバマ当選を喜んでいると思う、たぶん…)。
It's the answer that -- that led those who've been told for so long by so many to be cynical and fearful and doubtful about what we can achieve to put their hands on the arc of history and bend it once more toward the hope of a better day. It's been a long time coming, but tonight, because of what we did on this day, in this election, at this defining moment, change has come to America
Two weeks after the first march was turned back, Dr. King told a gathering of organizers and activists and community members that they should not despair because the arc of the moral universe is long, but it bends towards justice. That's because of the work that each of us do to bend it towards justice. It's because of people like John Lewis and Fannie Lou Hamer and Coretta Scott King and Rosa Parks, all the giants upon whose shoulders we stand that we are the beneficiaries of that arc bending towards justice.
さらにオバマの才覚。キングの演説(YouTubeのリンクを参照)では、"How long, not long”というフレーズが繰り返されている。ブラックパワー宣言が行われ、ロサンゼルス・ワッツ地区では大規模な人種暴動が勃発した1966年の夏、キングは、たちこめる暗雲(と催涙弾のガス)を振り払うかのように、夢が現実となる日まで「長くはない」と断言していた。黒人のキリスト教の伝統のコール・アンド・レスポンスを駆使しつつも、自分で自分に言い聞かせるかのように何度も何度ももそう述べていた。
ここに来て厳しい立場に置かれているのは、そのような黒人議員たちからなる連邦議会黒人幹部会 Congressional Black Caucus (CBC)だろう。これまでCBCは、数ある議会会派のなかでも、もっともリベラルな会派として、もっとも団結した投票行動をとってきた。ところが、大統領が黒人となると、そしてその大統領と政策が噛み合わなくなった場合、会派が統一行動を取れなくなるケースが多いにあり得る。
ちょうどいまから2年前、大統領選挙予備選が行われていた頃、フォックステレビが、「反米的思想」を吹聴しているとして、オバマが通っている教会、トリニティ教会Trinitity United Church of Christの牧師を非難、猛烈なネガティヴ・キャンペーンを行ったことがあった。問題となった牧師、ジェレマイア・ライトは、ネットやフォックスニュースの画面を通じて頻繁にながされたビデオのなかで、黒人は「神よアメリカを祝福し給え」God Bless Americaと言うことはできない、「神よアメリカを呪い給え」God Damn Americaと言うべきである、といったことを教会の演壇から説いていた。
いわばこのような誹謗中傷を受けて、当時ヒラリー・クリントンと熾烈な予備選の最中にあったオバマは、フィラデルフィアで"A More Perfect Union"と題する演説を行った(右上のYouTube動画を参照)。この演説は、多くのアメリカ史・黒人史家が、アメリカ政治の歴史のなかでもっとも人種を率直に論じた、名演説中の名演説と評価するものである。わたしも、彼の演説のなかでは、この演説こそ最高のものだと評価するし、何度聞いても魂が洗われる感覚を受ける。
このなかで、紹介したいのは、7月1日にAP通信が報じたニューヨークに関する記事と、7月2日に『ニューヨーク・タイムズ』が報じたシカゴに関する記事Black Chicagoans Fuel Growth of South Suburbsである。ここには、かつてさまざまなメディアに溢れたアメリカの都市の地景——たとえば、スパイク・リーの映画に出てくる混乱していても活気溢れるブラック・コミュニティであったり、「24時間犯罪現場密着追跡」のようなタイトルののぞき見主義丸出しのテレビの特番に描かれる黒人ゲトー——が急速に過去のものになっていっていることが現れている。