オバマと黒人教会 ── Rev. Jeremiah Wright's Smile
ちょうどいまから2年前、大統領選挙予備選が行われていた頃、フォックステレビが、「反米的思想」を吹聴しているとして、オバマが通っている教会、トリニティ教会Trinitity United Church of Christの牧師を非難、猛烈なネガティヴ・キャンペーンを行ったことがあった。問題となった牧師、ジェレマイア・ライトは、ネットやフォックスニュースの画面を通じて頻繁にながされたビデオのなかで、黒人は「神よアメリカを祝福し給え」God Bless Americaと言うことはできない、「神よアメリカを呪い給え」God Damn Americaと言うべきである、といったことを教会の演壇から説いていた。
これは何も「反米的」と形容できるものではない。むしろ、アメリカ黒人の歴史のなかでは、黒人の苦境を映し絵にアメリカを断じることは至極一般に行われていることであり、近しいところでは、その論調はマーティン・ルーサー・キングやマルコムXの双方が用いたことがある。
いわばこのような誹謗中傷を受けて、当時ヒラリー・クリントンと熾烈な予備選の最中にあったオバマは、フィラデルフィアで"A More Perfect Union"と題する演説を行った(右上のYouTube動画を参照)。この演説は、多くのアメリカ史・黒人史家が、アメリカ政治の歴史のなかでもっとも人種を率直に論じた、名演説中の名演説と評価するものである。わたしも、彼の演説のなかでは、この演説こそ最高のものだと評価するし、何度聞いても魂が洗われる感覚を受ける。
「ブラック・コミュニティはわたしと絶縁することはできません、ならばわたしだってブラック・コミュニティと絶交することなどできないのです。わたしが(白人の)祖母と絶縁できないならば、わたしはライト牧師と絶交することもできないのです」と彼が言い放ったとき、このキャンペーンの流れが大きく変わった。それまで、アメリカ黒人ではなくアフリカ人を父に持つオバマのことを、「黒人の経験を知らない人物、ほんとうは黒人ではない人物」と批判していた論調が去り、クリントンを支持していた老獪な黒人政治家ですら彼の支持へと傾いていったのだ。つまり、ネガティヴ・キャンペーンは、オバマに人格の高潔さを示す機会を与えてしまい、意図した効果とは逆の結果になってしまったのである。
しかしながら、ジェレマイア・ライトが、911テロを賞賛していると捉えかねない扇情的な発言を繰り返すにしたがってオバマの政治生命も危機となり、関係を見直さざるを得ず、結局両者は絶縁するに至る。そのとき、NAACPデトロイト支部の会合で、ライトはこう言っていた。
「オバマのほんとうの色true colorは、彼がホワイト・ハウスの主になった後、どこの教会に行くことになるか、それを見ればわかる」。
アメリカ合衆国は、近代思想の産物であるとともに、きわめて宗教的な国でもある。そのような国にあって、大統領が無信教であることは許されない。
しかしながら、その一方、アメリカの教会は、人種統合されているとは言い難い状態にある。その状況を端的に言い表しているのが、「日曜午前11時(つまり、教会で礼拝が行われている時分)はアメリカがもっとも人種隔離されている時間」という表現であろう。つまり、同じキリスト教であっても、黒人は黒人だけで、白人は白人だけで集うのが、事の善し悪しは別として、慣例となっているのだ。
つまり、ライトは、この状況を鋭くつき、オバマの「忠誠心」は黒人教会にあると、挑撥的に言い切っていたのだ。
さて、イースターの日曜日を迎えた4月4日(ちなみに、この日はマーティン・ルーサー・キングが暗殺された日でもある)、オバマは、ワシントンD・Cの黒人ゲトーである、南東部第9区にある黒人教会を訪問した。第9区での失業率は28.5%、貧困率は40%に達する。『ワシントン・ポスト』は、オバマがワシントンD・Cのブラック・コミュニティとが最接近した事例として、この模様を報じている。
ここのところ全米のメディアでは、オバマと黒人運動家との確執を報じる記事が多く見られる。ところが、元来彼は、ワシントンD・C第9区と大して変わらないところ、シカゴのサウスサイドで活動していたコミュニティ運動家だった。つまり、彼にとって、このようなコミュニティが抱える問題は、何も目新しいものではないし、また直接的関係性が薄いものでもないのだ。
オバマがこの日訪れた教会の牧師は、激しく体を揺り動かしシャウトをする、いわゆるリヴァイヴァル調の会衆について、「大統領御一行のみなさま、どうももうしわけありません、しかしわたしたちはこのようにここではクレイジーでいたいのです、髪を乱し、靴を放り投げている光景を見ることになるかもしれません、しかし、それがわたしたちが主を讃えるやり方なのです」と言ったという。この出来事を報じる『ワシントン・ポスト』は、それをこう表現した。「オバマがトリニティ教会のメンバーだったときに参加していた激烈な礼拝」である。
さて、ジェレマイア・ライトがこの記事を読んだら、何を思うだろう。わたしはきっと微笑んでいると思う。
「ブラック・コミュニティはわたしと絶縁することはできません、ならばわたしだってブラック・コミュニティと絶交することなどできないのです」。
ワシントンD・C第9区の教会の牧師はこう言っていた。「大統領がこのような苦しい時期にここを訪れてくれているのに、第9区のことが世間から忘れされられているということなどありません」。
わたしもオバマはブラック・コミュニティのことを忘れていないと思う。
問題を人種問題と規定することなく、より普遍的な問題として捉え、人種問題そのものに取り組むこと、オバマの〈人種〉とのそんなダンスは続く…。