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バトルグラウンドからの報告(15) ── アナウンスメント効果と民主主義

この前ここで説明したブラッドレー効果と違い、日本の選挙でもしばしば言われることだからご存じの方もきっと多いかもしれない。大統領選挙は、各種の世論調査やわたしが肌で感じたことから考えて、今度は「アナウンスメント効果」を考えなくてはならないところに来たようだ。第3回の討論会後、オバマ陣営は「安心するのはまだ早い」と言っているが、それもこの効果を考えてのことであろう。

アナウンスメント効果とは、世論調査である政治勢力の優勢が伝えられた(アナウンスされた)場合、その優勢の政治勢力とは反対の党に投票したり、もしくは勝利が確実だと当て込んで投票に行かないという動きが現れることを言う。

民主主義とは、実に良くできた制度だ。極端な方向に政治が傾かないようになる動きが組み込まれているのである。ほかに良い制度があると夢見ることはできるだろうが、現実としてわれわれはこの制度以上に優れているものを知らない。

そして、これはまた後日詳述したいが、「民主主義とは衆愚政治だ」と発言したり、「政治を知らない素人とそれを知っているプロとが同じ一票だというのはおかしい」とか述べたり、「民度が低い」などというわけのわからない語彙を駆使したりする人間に限って、民主主義それ自体への理解はきわめてお粗末なものである。彼ら彼女らは、そのような言辞がファッショな政治に利用されるということをまったくわかっていないのだ。民主主義が作り出した自由な言論空間があるからこそ、自分たちの無知ぶりが「商品」として流通できるのにも関わらず、その自分自身が依拠する大枠の世界のことをまったく理解していないのである。

実のところ、黒人研究に従事しているわたしの識見からして、わたしはそのところ(民主主義の価値)を簡明かつ論理的に説明することはできない。そこで民主主義が良い制度だということに疑問を持たれる方は、是非右の書を参考にしてもらいたい。

さて、日本語でいう無党派層、英語でいう independents とは、政治に関心がない層を言うのではなく、強い関心を持つがゆえに特定の党派を支持しない人びとのことを言う。幅広く報道されているように、現代政治を趨勢を決めるのは政党政治ではなく、この層の支持をどのようにして取りつけるかにある。

具体的に言ってこういうことだ。小泉純一郎元首相が「民意に訴えかけた郵政選挙」、知っての通り、自民党が空前の圧勝をした。衆参ともに単独過半数を獲得した自民党の勢いに対し、しかし、その後すぐに脅威論がでてきた。「勝たせすぎはまずい」というのがその論理の骨子である。単独で改憲すらできる勢力になったのだから、そこに脅威を感じてもまちがいではあるまい。

すると、もう同じ候補で投票しましょ、ということになると、違う投票行動をとる人びとがきっと現れてくる。各種世論調査が毎日のように発表される現代政治では、この「もう一度投票しましょ」気分をもつ層をいかに引き込むかが鍵を握るのだ。だから、長い時間がかかってその後の参院選で、そのような人びとは(日本の)民主党に票を投じることになった(「長い時間」をかけないためには、予備選を行うのがいちばんてっとり早い)。

オバマは、民主党予備選以来、実に巧みにこの層を取り込んできた。そもそも当初は「大統領になるのが不可避の候補」 inevitable candidate と呼ばれたヒラリー・クリントンを苦戦に追い込み、そして最終的には撤退させた力はそこにある(大統領を夫に持つがゆえに、民主党員・民主党支持層の支持を獲得するのは当然のことだったから)。

オバマのこの優勢ぶりはアナウンスメント効果を危惧してあまりある。なぜならば、彼の支持層の多くは無党派層だからである。

これまでも述べてきたように、黒人の「団結票」だけでは大統領選挙に勝つことはできない。

ところで、ずっとこのブログのエントリーのカテゴリーが「政治」と「選挙」になってしまった。それでも実のところ、この「歴史的選挙戦」はまだまだ語りつくせていない。それでも投票日まで2週間を切った。そこで、それまであるたけのことを語れるように、「事件」が起きないかぎり、次のテーマを予告したいと思う。

次回は、では、この選挙戦がもつ歴史的意味について語ろう。歴史的と言っても、「史上初」という類のものではない。あとから振り返ったときに、この選挙が歴史の分水嶺になるかもしれない、そんな可能性についてコメントしていきたい。具体的に言うと、次は、現在バトルグラウンドになっているヴァージニアとノース・キャロライナの結果が持つ意味である。それまで時間がある方は、ヴァージニア大学の図書館が提供している大統領選挙結果の地図を、1968年以後の南部の帰趨に着目して見ていて頂ければ幸甚である。

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2008年10月22日 12:44に投稿されたエントリーのページです。

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