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2008年09月 アーカイブ

2008年09月24日

激戦区(バトルグラウンド)からの報告(1)

「ブログを再開する」とここで宣言しつつ、それでいて一向に更新ができなかった。さて、この間、わたしはデトロイトから州際間フリーウェイで1時間ほどいった街にあるミシガン大学に引っ越した。引っ越し直後、民主共和両党の党大会があり、それをいろいろと考えるなかも、引っ越しに伴う日常生活上のごたごた、さらには入国管理に伴う書類等々のことで忙殺され、今日まで更新が遅れてしまった。申し訳ございません。

今度こそ、本気で再開する。

早速本題に入り、わたしが現在住んでいるミシガン州。ここは今回の大統領選挙での「激戦州」battle ground statesのひとつであり、この州の行方が選挙結果を左右するとも言われているところにあたる。そこにわずか1か月だが、住んで肌身で感じた実感を、伝え始めてみることにする

ところで、ブラッドレー効果という言葉は、日本のマスコミは伝えているだろうか?。ブラッドレー効果とは、1982年のカリフォルニア州知事選挙で起きた現象のことを指し、一般的には世論調査の高い黒人への支持率は「割引」して考えるべきである、ということを意味する。

この年、ロサンジェルス市長を数期務めたトム・ブラッドレーという黒人政治家が、カリフォルニア州知事に立候補した。黒人居住区、もしくはゲトーを地盤に人口統計上の多数派を形成できる都市の選挙、さらには小さな選挙区からなる下院議員とことなり、州全体を選挙区とする連邦上院議員や州知事(ブラッドレー効果はヴァージニア初の黒人州知事、ダグラス・ワイルダーに因んでワイルダー効果と呼ばれることもある)、さらには大統領選挙では白人への訴えかけにいかに成功するかが、黒人候補の当落を決定する要因となる。ロサンジェルス市長を務めたブラッドレーは、市の政治のなかですでに白人からの支持を取り付けており、カリフォルニア州知事になれる有力な候補だと目されていた。そして実際、選挙戦中の世論調査では終始彼の優位が伝えられていた。ところが実際に票を開けてみると、彼はあっさり落選してしまった。つまり世論調査の数字は彼への支持を大げさに伝えていたのだ。

では、なぜこのような現象がおきたのであろうか。その答えは、ポスト公民時代の人種関係の有り様と強い関係がある。公民権運動が、「人種主義は悪」ということ、「人種的偏見をおおやけにするのは恥ずかしいこと」という感覚を拡めることに成功したことと関係があるのだ。なお、1960年代初頭までのアメリカ南部では「黒人は差別されて当然の劣った人種である」と公言してはばからない人物が多くいた。それはこう述べることがむしろ高い識見を持っているとみなされるとんでもない制度が存在していたからである、公民権運動が砕いたのはこの制度だ。公民権運動の勝利後、この様相は一転する。事態はこうなったからだ。

電話での世論調査がこう訊いてきたとする。「あなたは黒人差別をしますか?」。これにいま「はい」と答える人間はよほどどうかしている。本当は差別をしつつも、見知らぬ他人には「いいえ」と答えるのが当たり前だ。あとで「面倒」がおきるのも防げるし。とすると、選挙戦のときに訊かれる質問

「人種がこの選挙に影響を与えると思いますか」。これは困った。黒人ならばこれに「はい」と答えても人種主義者だとは言われない。しかし白人だったらどうだろう。そして電話の声のイントネーションが黒人のように聞こえたときは一体どうする。人種関係だとわかりにくい方がいるかもしれないので、思い切って、ジェンダーで置き換えてみてみよう。女性が電話で訊いてきた。「女性に首相を務める能力があると思いますか?」あなたは女性の電話の声の主に「いやありません」と言えるだろうか。

つまり、1982年の選挙戦で世論調査の対象となった人びとのなかには、「ブラッドレーへの不支持は、〈わたしは破廉恥にも人種主義者です〉と言うに等しいと考えて、彼への支持を世論調査のときに表明したひとが少なからずいたのだ。ところが、選挙を投票するとき、誰もその行為を覗くものはいない。秘密投票は民主主義の大前提だから。

その結果、本選挙での逆転が起きた。少なからずの人が、「黒人知事」の誕生を怖れていたのである。

ミシガン州での最新の世論調査、デトロイトニュースでの調査では43%対42%でオバマがリード(全国では、9月21日のギャラップ調査、49%対45%)。これはブラッドレー効果を考えるとマケインがリードしているに等しい。

わたしの住んでいるアナーバーはフラッグシップ校の所在地であり、大学街のご多分に漏れずリベラルな街で知られている。もとよりここはアメリカの学生団体、SDSの発祥の地だ。わたしの周りには、したがって、マケイン支持者などどこにもいない。デトロイトにリサーチに行っても事情は同じ。日本ならば、ほとんどが自民党支持者のなかでいつもバカにされている社民党支持者がひとりくらいいるものだ。それがそうでない。マケイン=ペイリンの選挙戦は病的なまでに憐れである。そう思えるのもわたしがいる場所が影響しえいるのだろう。わたしがいる場所が、そう思って安全だと言ってくれているのだろう。これはとても不気味である。

バトルグラウンドからの報告(2)

『デトロイト・ニュース』紙がミシガン州有権者の最新の世論調査結果を発表した。

オバマ:48%
マケイン:44%
未定:7%
ほか:1%

他方、世論を誘導する偏向報道で悪名高い保守派の放送局フォックスニュースーーニュース報道なのに演出過剰なお台場にある放送局を〈アメリカの国力÷日本の国力〉倍ほど悪質にしたような放送局ーーが言うには、ブラッドレー効果を踏まえると8%差までが逆転圏らしい。

アメリカでは毎日のようにペイリンの経歴や業績が嘘であり、政策論が辻褄が合わないと報道されている。マケインが勝つということを、ブラッドレー効果を踏まえて考えると、ぞっとする。

なぜならば、リーマン・ブラザースが倒産したその日、「わが国の基本的経済指標は好景気を示している」ととんでもない事を語り、ブッシュ政権が公的資金投入の詳細を議会に報告する「前」にその「批判」を行う辻褄が合わない露骨な愚衆迎合路線をとっている政治家がホワイトハウスに入るとなると、それは世界全体に対しての大きな災難を意味する。

大統領選挙に投票したくなってきた。とうてい間に合う話ではないが…

2008年09月25日

バトルグラウンドからの報告(3)

ついに始まった、共和党お得意の白人が黒人に抱く恐怖感に訴える破廉恥なネガティヴ・キャンペーンが。

1988年の大統領選挙、10月半ばまで、当時副大統領のジョージ・H・W・ブッシュがリードしていた。ところが、ウィーリー・ホートンという名前の黒人が白人を強姦致死に至らせたことから形勢は一変する。リー・アトウォーターという政治顧問は、これをネタに、ホートンの名前と彼の仮保釈命令にサインした民主党候補マイケル・デュカキスの顔を当時最新の画像処理技術だったモーフィングをつかって巧妙に重ね合わせ、こう訴えかけた。「デュカキスへの票は、犯罪人を週末旅行に招待することにつながる」。

さて右の動画、これは数々のスキャンダルにまみれ9月にデトロイト市長を辞職したクワメ・キルパトリックとオバマを重ね合わせているものである。これは以下の点において「現実」を歪曲し、白人の深層心理にある人種恐怖に訴えているものだと判断することができる。

・オバマとキルパトリックは政治的関係はない。そもそもミシガン州では公式の民主党予備選は行われていない。同じ党に所属すれば演壇を共にすることはあろうが、これはその瞬間を過大に取り上げたものであり、キルパトリックの容疑とオバマとはまったく関係がない。

・キルパトリックの描き方、これは犯罪人の写真を撮るときに使われるアングル、マグショットを使っている。しかし彼は指名手配された重罪犯では断じてない。彼のスキャンダルは政治家の倫理に関するものだ。これは黒人=犯罪者という一般に流布したイメージを過剰に強調する、きわめて破廉恥な作為的なものだ。

ではこれがどこで流されているか?

ミシガン州デトロイト市郊外のマコム郡でである。この地は1980年にレーガン政権誕生の大きな基盤となった民主党を離反し共和党を支持した人びと、白人ブルーカラーを中心とする「レーガン・デモクラット」が多く住むところだ。過日の記事ではマケイン支持者がどこにも見あたらないという旨のことを書いたが、別にわたしはどこに彼の支持基盤があるのか知らなかったわけではない。おそらくこの辺りに存在していることは想像できる。1980年の「レーガン・デモクラット」の誕生は、「マイノリティを〈優遇〉するあまりに、われわれ労働者を見棄てた」とする感情から起きたものだった。共和党は、その感情の奥底にある人種間恐怖を煽ろうとするダーティな戦術に出た。

もし民主党が負けたら世界は大災難に見舞われる

ジョン・マケインという人物は、価値中立的なmaverick(変わり者)などではない。

奇抜なこと(たとえば、「行き場所のない橋」の建設に待ったをかけたと意気込んではいても、その橋への道を「誘致」していた威勢が良いだけの「ホッケー・ママ」抜擢)が好きなだけの人迷惑なアホの政治家である。

本日、彼は、金曜日に行われる予定の大統領候補テレビディベートを延期するようにオバマ陣営に申し入れた。金融危機への対処を討議する時間が欲しいというのが理由だった。

しかし、先週、マケイン陣営は、ブッシュが救済案を公表する「前」に、6つの対応策を発表し、ブッシュ案を待っているオバマの対応の遅れを非難していた。その日のCNNニュース、この非難にどう応じるかとアンカーマンに問いかけられたオバマの政策顧問は「まだ政策が発表されていないのに対応も何もないでしょう」と答えていた。しかし、そこにマケイン支持者が執拗な非難を繰り返し、その顧問は「ならば言いましょう、ひとつ」とアメリカ経済の抜本的改革の骨子を言わさせたくらいだ。さらにまた予備選の「公約」から自身の税制案の方が一般的家庭には増税になると広く指摘されているにも関わらず、厚顔無恥にもオバマは増税をすると寝も葉もない噂をテレビCMで流し続けている。

オバマは、先ほど、この申し入れを拒否した。彼の雄弁ぶりはもはや世界中が知っていること。しかも今回のディベートは、3回あるものの1回目、テーマは外交問題である。これを「敵前逃亡」と言わず何と言おう。あきれてしまう。

アメリカ政治を見てきて20年以上になるが、こんなことは異例だ。

それにもかかわらずマケインが当選するとなると、それは世界にとって大災難を意味する。

2008年09月27日

バトルグラウンドからの報告ーー速報

マケインが大統領候補ディベートに参加するとたった今(現地時間11時35分)発表した。本来の「力」がないもの、弱点をもっているものは、何かと奇策に頼るものだ。

ぶっちゃけ言ってーーTell Like It Is

思い切って翻訳すれば「ぶっちゃけ言って」Tell Like It Isという名曲がある。

こちらに来て、アーロン・ネヴィルが60年代に歌った"Tell Like It Is"はプロテストソングだということを知った。作詞作曲は別人だが(Lee Diamond, George Davis)彼が歌ったときに、この曲は1960年代の「時代精神」を映し出すものになったのだ。その歌詞はこうなっている。

Tell It Like It Is

If you want something to play with
Go and find yourself a toy
Baby my time is too expensive
And I`m not a little boy
If you are serious
Don`t play with my heart
It makes me furious
But if you want me to love you
Then a baby I will, girl you know that I will
Tell it like it is
Don`t be ashamed to let your conscience be your guide
But I know deep down inside me
I believe you love me, forget your foolish pride
Life is too short to have sorrow
You may be here today and gone tomorrow
You might as well get what you want
So go on and live, baby go on and live
Tell it like it is
I`m nothing to play with
Go and find yourself a toy
But I... Tell it like it is
My time is too expensive and I`m not your little boy

これは単なるラブソングだ。ところが、"you"をアメリカ白人に置き換えると、「自由だ自由だということばをもて遊ぶ play with」ことに対する抗議となる。

Tell like it is!とは、ちなみに、黒人教会では頻繁に聞こえてくる「合いの手」だ。

今回の大統領選挙、人種やジェンダーといった本来は「テクスト」であるものが「サブテクスト」になっていることは、6月のアメリカ学会年次大会で報告した通りだ。その解釈をこちらでディナーの席でちょっと話してみると、「そうすることでより危険なことになっている」という意見を頂いた。

第一回ディベートまであと30分。会場は、公民権運動の激戦地のひとつミシシッピ大学だ。なかには"Tell like it is!"と声をかけたくなっているものもいると思う。ちなみに、デトロイト・ニュース紙によると、ミシガン州の最新の世論調査ではついにオバマのリードが10%まで拡がった。これまで奇人変人のマケインは何度も「ギャンブル」をしかけてきたが、今回の選挙戦中止ギャンブルには誰もひかからなかったようだ。

バトルグラウンドからの報告(5)──もうひとつのサブテクスト

第1回の大統領候補討論会を観た。その素朴な感想。

1.経済問題の比重が大きい
今回の討論会は外交問題がテーマだった。それにもかかわらずはじまってから直後、全体の3分の1まで経済問題、山積する外交問題を背景に現下の経済危機にどう対処するのか、という問題に議論は終始した。オバマが「すべての政府規制は悪であるという考えが悪政の根源です」と言い放ったときには、思わずTell Like It Isと言いたくなった。なぜならばこれは日本の政治にも言えるからだ。レーガン=サーチャー=中曽根から始まる世界規模の問題である。20年もかけてたまった「ツケ」は大きい。ほら、あなたの「田舎」からも「鉄道」が消えていて、「親」が、これまでは新幹線の駅や空港までは出迎えに来てくれたものの、今後はそうもいかない、と感じている、ほらあなた、それが国鉄民営化のツケだ。

2.もうひとつのサブテクストーー世代
民主党予備選のときから、今回の選挙は、ジェンダーと人種がテクストとなりながら、それが正面から取り上げられないまま進んでいるということの奇異さについては、これまでもわたしはいろいろな場で述べてきた。今回、ジェンダー、人種とは別の問題がサブテクストにもぐりこんできた。それは世代の問題である。マケインの言い分は、咀嚼して言うとこういう事だ。「わたしは知っています、そこにも実際に行ったし、ここにも行ったその経験から言っているのですが…」。結論、「わたしの言うことを聞いていなさい、若いオバマさんは何もわかっちゃいないのです」(英語で言うと、I know that 現在完了経験)。Mr. Obama doesn't really knowということばを、パターナリスティックに何度繰り返したことか。道理で人口11万、その3万3千人が学生・大学職員という街ではマケイン支持者にあえないわけだ。このマケインというおじいさんには尾崎豊でも聴かせてみたい。

1988年、当時では大統領候補としては最年長だったジェイムス・ベーカーと、現職で「若い」大統領ビル・クリントンとの討論会をシカゴで観たことがある。その頃はインターネットの時代の草創期(最新のブラウザがネットスケープのv.2、いちばん普及しているメールソフトはEudoraだった)、「わたしのことを知りたければ」とメールアドレスを述べるベーカーの姿に、一緒に観ていた者がみな爆笑したものである。今回は爆笑するよりも、もう痛くなってきた。

そんな痛いおじいさんにオバマは正面攻撃。「問題はナンバーワン、……、ナンバーツー」と理路整然と答える姿は、奇襲も何もなく立派そのもの。もっとも2000年の大統領選挙、政策通のゴアがあまりにも仔細な政策論を展開するのでそれに有権者はうんざりしたという先例はある。しかし、選挙コンサルタントが大活躍する時代、オバマの動きがこの先例を踏まえていないということはありえない。彼らは「正攻法」を選んだのだ。

そんな周囲の人間と話しをして、こんな感じをほぼみんなが受けていた。マケインは、そのまま戦争を続けたらベトナム戦争はアメリカが勝った、と本気で思っている(これは「ネオコン」の思想の支柱でもあるのでそう驚くことではないが…)。これは南太平洋で行き場を失った「旧日本兵」と同じだ。「敗北」の認識すらできない人間が「全軍の最高司令官」なったらいたたいどうなるだろうか。

それにしても、やはりこの選挙が歴史の一幕であることはまちがいない。共和党大統領候補に「黒人」が挑む、本選挙で挑む、その「絵面」は壮観だった。また、「黒人大統領候補」が、"Thank you, University of Mississippi, Ole Miss”と述べる模様を観るのは隔世の感すらする。なお、CNNの調べで、「支持するか否かにかかわらず、この討論会を終えてオバマが勝利する」という意見にYesと答えたものは、63%に終わった。

2008年09月29日

研究業績更新

研究業績のページを更新しました。今年度に入り更新していませんでしたが、9月までの新しい業績は以下のとおりです。

6月1日にアメリカ学会年次大会にて報告

「ポスト公民権時代の「人種」と政治〜新しい黒人政治家と公民権運動家の相剋を中心に」

を行いました。

このときの報告の内容は、その時点では拙速だと思いながら、言い得るかぎりのことを言ったつもりです。それを振り返ってみて、未だ訂正すべきところは見あたりません。強いていえば、「ポスト公民権時代」を「ポスト人種時代」にしたいところ。

8月には訳書

マイケル・エリック・ダイソン『カトリーナが洗い流せなかった貧困のアメリカ〜格差社会で起きた最悪の災害 』
を公刊しました。

おくればせながらまとめて報告します。

2008年09月30日

プロフィール更新

2005年以来、実質的変更ならば2003年以来初めてプロフィールを更新しました。

有権者登録について(1)

有権者登録 voter registration という言葉をご存じだろうか。

アメリカの投票では、自治体から投票所の案内を兼ねたハガキが届くというようなことはない。事前に有権者であることに名乗りをあげ、登録をしなくてはならない。

この登録の際に、かつてはさまざまな細工や露骨な妨害がなされ、黒人から投票権が剥奪されてきた。それが、マーティン・ルーサー・キングを「指導者」とする公民権運動が変化させ、1966年公民権法(投票権法)の制定により投票権剥奪は過去のものとなった。少なくとも教科書的理解ではこうなっている。

しかし、2000年にフロリダ州で露骨な投票妨害が起きてから以後、どうやらその事情ははっきりと変わったようだ。以後、数回にわけて、ミシガン州の状況を報告する。

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