任期も残り2年となったブッシュ政権だが、『ニューヨーク・タイムズ』は、この6年間で連邦司法省公民権部の方針が大きく変わったと報じている。
そもそも公民権部は、1957年公民権法の規定により制定され、黒人の権利を保護するための監視機関だった。ところが、近年では、人種による差別から宗教団体や信仰の自由に対する差別への取り締まりが強化されている。思想信条に対する差別は、それ自体重大な問題だし、特に911テロ後にムスリムへの「ヘイトクライム」が増加していることを鑑みるならば、むしろ評価すべき変化かしれない。否、アメリカン・ムスリムを、言われのない暴力や中傷から守る方策を講じていること、これは高く評価するべきである。
ところが、問題は、公民権部の職員や予算が拡大されないかぎり、宗教に対する差別と人種に対する差別の取り締まりがゼロサムゲームの関係にあり、黒人の公民権に関する調査がおろそかにされてしまったということにある。公民権の分野に長けた法律家はほかの部局に配置換えになるか降格され、その空いた席の部分に宗教問題に長けた法律家の登用が進んでいる。その結果、たとえば、投票権法違反で公民権部が提訴した件数は、クリントン政権期のそれが8件に及んだのに対し、ブッシュ政権によるそれはわずか1件にとどまっている。
それよりもさらに大きな問題は、『ニューヨーク・タイムズ』の記事によると、公民権部のこの変化の裏に政治的思惑があるというところである。つまりブッシュ政権等の保守派政権のバックボーンである福音派の右派キリスト教団体の指示を確保するねらいがあるというのである。黒人のブッシュ政権に対する支持率はわずか6%、もうここを懐柔することはできない。ならば、いっそのこと「切り捨て」て、新たな票田を開拓した方が良い、戦略的思考からそう判断されているのである。
その結果、無理もないことだが、とても奇妙な自体が生じることになった。キリスト教への宗教心が篤い人びとの慈善団体〈救世軍〉が、団体職員の雇用に宗教心を基準にした。これは、ムスリムや仏教徒などで雇用される側からされると、思想信条によって「差別」されることになる。しかし、公民権部の判断では、〈救世軍〉が宗教心を尊ぶ「自由」を尊重し、それを支持する決定を行った。
さて、これまで共和党がむしろ全面に出さなかった宗教的右派からの支持固め、いわば政権の右旋回が、来年の選挙で有権者の支持を得られるだろうか。