パリには、1970年代のフィラデルフィアで活動していたひとりブラック・パンサー党員の名前に因んだ、「ムミア・アブ=ジャマル通り」というストリートがある。ブラック・パンサー党は昨年の10月で結党40周年を迎えた。同党は現存してはいないものの、多くのひとびとはその後も市民運動や言論活動に従事しており、10年ほど前に最初の「同窓会」が開催されて以後、各地でさまざまなリユニオンが行われている。私は、そのなかのいくつかに参加したのであるが、昨年の「同窓会」では、60年代後半に激化した政府や地方官憲による弾圧を物語るさまざまな演説が行われ、この時期の運動がいかに激烈なものであったのかがまざまざと伝えられた。ほぼ6時間に及んだそのセッションのなかで、ムミア・アブ=ジャマルも演壇に立った。しかし、彼の声は、小さなラジカセのスピーカーを通じて伝えられた。なぜならば、彼は、いまフィラデルフィアの監獄にいるからである。(この件については、過去にもこのブログで記事を書いている)
1982年、フィラデルフィアで白人の警官殺害事件で彼は逮捕され、その後死刑判決がくだされた。死刑の不当性や冤罪に関しては、このブログのほかのエントリーやサイトのエッセイで伝えてきたものの、この訴訟を異常なものにしているのは、その後犯人が名乗り出てきたのにもかかわらず、彼の死刑判決が破棄されることはなく、今日も死刑囚棟に収監されているといことである。この裁判は、アムネスティ・インターナショナルなどの人権団体も関心をもち、同団体は「公正な裁判上の手続きに関する国際基準の最低限度の規定すらも侵犯したもの」と告発し、パリに彼の名前を冠した通りがあるのは、彼が「政治犯」として国際的シンボルになっているからである。彼が「政治犯」だと言うのは、逮捕された時点での彼がフィラデルフィアのローカル局で「警官暴力」ーーブラック・パンサー党が格闘した問題で最大のものーーに対し活発に発言するDJであったからだ。
同じ頃の同じ場所を舞台にした冤罪事件を扱った映画『ハリケーン』、そしてデンゼル・ワシントン扮する主人公ルービン・ハリケーン・カーターの自伝Hurricaneが物語っているように、当時のフィラデルフィアにおいて、社会的・政治的偏見の対象となった人物が、公正な裁判を受けられたのかには当然疑問が残る(ルービン・ハリケーン・カーターの件は、日本での袴田厳の裁判を思い出さずにはいられない。そのうえでもなお、アブ=ジャマルのケースの不当さを強調せずにはいられないのは、自分が犯人だと名乗り出た人物に関する証拠が、裁判では証拠として認められないという事態が起きているからだ。
パンサー党結成40周年「同窓会」には、黒人・白人・アジア系・ラティーノの多くのムミア支援運動に参加している者も集っていた。そしてこの4月24日、アブ=ジャマルの誕生日にあわせ、全米各地で集会が開催された。もちろんフィラデルフィアがその運動の中心地になったのであるが、同地での集会では、警官の労働組合が公正な裁判を要求する運動に「反対する」集会を同時に開催し、両者が連邦巡回控訴裁判所の前で対峙するという事態にも発展したらしい。ここですぐに付け加えておかなくてはならないのは、アブ=ジャマルの支持者のなかにも警察官が含まれていとうことであり、その警察官たちはそもそもアブ=ジャマルが格闘していた問題「警官暴力」に対しても、警察組織の内部で闘っているということである。そして、彼ら彼女らが求めているのは、釈放ではなく、ただ単に公正な再審に過ぎないのである。
ムミア・アブ=ジャマル国際支援者の会のコーディネーターをやっている快活な黒人女性パム・アフリカはこう語っている。「ムミアは無罪だと信じていますし、個人的意見を述べると、即時の釈放を要求したいところです。だけど、裁判における公正さを求める人びととならば誰とでも一緒に運動をします」。5月17日には、おそらく最後の機会となるであろう彼の弁護団による口頭での主張の審理が行われる。ここにきて支援運動が活発化しているのは、それ以後のこのケースの審理が続く可能性が低く、したがってアブ=ジャマルの死刑が確定してしまいかねないからだ。
パム・アフリカはさらにこう続ける。「ムミアはいまもまだ死刑執行される危険に直面しています。なぜならば連邦最高裁が彼のケースを審理する可能性は低いですし、現実的に考えて、これが彼のケースが審理される最後のチャンスになるからです。抑圧者に屈服したり、卑屈な態度をとることを拒否した黒人の革命家がまたひとり殺されようとしている、そのことを理解してほしいと思います。彼のケースは、この体制の悪の象徴です。遅きに失しないためにも、行動を起こすのはいまなのです」。
さて、上の話からは若干逸脱するが、アブ=ジャマルのケースは、死刑の問題や不当な裁判の問題、つまり冤罪問題一般を表すとともに、「言論の弾圧」の問題としても認識されている。彼は警察を批判し、その警察に逮捕されたのだから。そのような彼が好んだことばのひとつが、19世紀の奴隷解放運動指導者フレデリック・ダグラスのことば、「暴君がおそれるのは言論の自由である」だ。日本で可決されるのがほぼ決定的になった国民投票法では、「教員・公務員」から「言論の自由」が奪われる可能性がある。投票が公示された後に、「教員・公務員」は、その「地位」を利用して発言することは許されない。つまり憲法学者が憲法学者として意見を述べることが違法とされる(これは医者に対し、手術前の診察を禁止する、というのと同じひどい規定だ)。さて、われわれの社会は、何を恐れ、いったいどこに向かっているのだろうか?。