書評 Suzanne E. Smith, Dancing in the Street: Motown and the Cultural Politics of Detroit
Suzanne E. Smith, Dancing in the Street: Motown and the Cultural Politics of Detroit (Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1999).
モータウン。「サウンド・オヴ・ヤング・アメリカ」としてヒットチャートに次から次へと曲を送り込んだ1960年代を代表するインデペンデント系レコード会社。その話は、同時期にクライマックスに達した公民権運動、ならびにその運動が引き出した社会変革と黒人の地位の向上と複雑に交錯している。同書は、モータウン興隆をデトロイト黒人ゲトーのコミュニティ史のなかに位置づけることによって、その歴史的意味を明らかにしようと試みたものである。
このような目的はほぼ達成されている。その点において、これから〈モータウン史〉--そのようなカテゴリーがあればの話だが--に接するものにとって、同書が必読文献になることはまちがいない。これに先行するモータウンに関する書物、たとえばネルソン・ジョージの『モータウン・ミュージック』などに較べ[1]、同書では社会経済的文脈・分析がはるかに詳細な形で織り込まれいて、モータウンに対する最初の学術研究の一つにあげてもほぼ支障はない[2]。
事実、著者スザンヌ・スミスが乗り越えようとしたものは、極めて魅力的で面白い〈モータウン物語〉、ネルソン・ジョージの『モータウン・ミュージック』であったはずである。しかし、 ネルソン・ジョージの著作はしばしば黒人史の側面から「単なるノスタルジアに過ぎない」と批判されてきた。だが長らくこの著作を乗り越えようとするものは出現しなかった。ジョージの著作には、黒人史、とくに黒人の抵抗思想史を学んだものにとってとても豊かな研究素材になりそうなエピソードがふんだんに散りばめられている。たとえば、モータウンの設立者、ベリー・ゴーディ・ジュニアの父親が経営していた雑貨屋の名前は「ブッカー・T雑貨店」と言う名前であったらしい。ここで黒人史家--と言うよりも、黒人研究者とほとんどのアフリカ系アメリカ人--が、政治的アジテーションによって公民権獲得を目指すのではなく、地道な努力を積み重ねることによってまずは経済力を確保し、政治的行動よりも経済的〈自助努力〉の方が優先すると説いた、黒人の教育者ブッカー・T・ワシントンの名前を思い起こすのはほぼ条件反射的になされることである。その後ゴーディがモータウン製品のディストリビューションにあたって権限を保持しようと必死に努めたことからもわかるように、モータウン・レコーズとは、黒人の経済的自律性を説くブッカー・T主義の最良の成果であったのだ。ところがこのエピソードに飛びつき、議論を深めようとするものはいなかった。
続きを読む "書評 Suzanne E. Smith, Dancing in the Street: Motown and the Cultural Politics of Detroit" »